牧兼充(早稲田大学ビジネススクール准教授|2期生)

SFC高での組織づくりが異端の研究者の原点に


取材・文/中城邦子 写真/林 直幸

プロフィール

2000年慶應義塾大学環境情報学部卒業
2002年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了
2002-08年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助手・助教
2015年カリフォルニア大学サンディエゴ校 博士(経営学) 取得
2015-16年スタンフォード大学リサーチ・アソシエイト
2016-17年政策研究大学院大学助教授
2016年-カリフォルニア大学サンディエゴ校客員助教授・准教授
2017年-早稲田大学ビジネススクール准教授

母校の生徒に教えるという貴重な体験

私の専門は経営学の中でもアントレプレナーシップとイノベーションで、早稲田大学ビジネススクールとカリフォルニア大学サンディエゴ校で教鞭を執っています。そんな私が2018年、母校SFC高等部でドローンを生徒たちに見せながら、校内でドローンを飛ばすルールはどう作ればいいのか、そのルールは誰が決めるのかなどをディスカッションする授業を行いました。2期生の私にとって、学校のルールは生徒が決めるものでした。しかし、今、多くの生徒は教員が決めるものだと思い込んでいる。この価値観を変えたいと思ったのです。このほか、毎回テーマを変えて全8回のディスカッション形式の授業を、ゆとりの時間という選択授業の講師として受け持ちました。

先日、ふと彼らと会ってみたくなり、7年ぶりに当時の履修者に会ったのですが、そんなことまで覚えていてくれたんだと感嘆するようなエピソードも飛び出し、とても嬉しく楽しい時間を過ごしました。

「ゆとりの時間」の履修者と交流会

この授業は、尾上義和さんから、新しいカリキュラムのあり方について講演を依頼されたことがきっかけで生まれました。SFC中高の先生方を前にお話しした後、「ゆとりの時間」の講師を務めてみないかと声をかけていただいたのです。実際に授業をしてみて、こんないい生徒たちを教えられるのは幸せなことですねと先生たちにも申し上げました。学校の教育理念「社会的責任を自覚し、知性、感性、体力にバランスの取れた教養人の育成」が、実践できる学校なのだと感じます。

日米の大学で学生たちと向き合う日々

私は、早稲田大学ビジネススクール(商学学術院経営管理研究科)でイノベーションやアントレプレナーシップに関する授業を担当しています。メインの活動は日本ですが、夏はカリフォルニア大学サンディエゴ校で授業を持っています。日本では社会人に、アメリカでは学部生に教えているため世代は異なるものの、学びに対する日米の違いを感じることはあまりありません。早稲田大学ビジネススクールの学生は平均年齢が30代中盤ですが極めて積極的で、授業でもよく発言し学びに貪欲です。

サンディエゴ校で教えるようになったきっかけは、UCサンディエゴの博士課程4年目に在籍していたときに、授業をする機会を得たことです。慶應義塾大学でも講義の経験があったので、いい授業をしようと入念に準備をしました。幸い高い評価を得て、副学部長から特別枠を作ると言っていただき、以来、UCサンディエゴでも教え続けています。

UCSDでの博士の最終試験

コアとなる研究・関心領域は「科学技術とアントレプレナーシップ」で、スタートアップ・エコシステムやスター・サイエンティストが主なテーマ。研究成果を政策やビジネスに社会実装することや、企業や世界の研究者との共同研究を通じて、新しい領域へのチャレンジも多く、研究は学際的に広がっています。専門や国、所属組織の違いを超えて研究することに抵抗がないのは、私のバックグラウンドも関係しているかもしれません。

多様な社会、学際的な経験

私は渋谷区の上原小学校に通い、10歳から15歳までイタリアのアメリカンスクールで過ごしました。中学3年で帰国し半年だけ公立の上原中学校に通い、SFC高等部に進学しています。小中で公立校を経験していること、アメリカのパブリックユニバーシティに行ったことは、自分にとってダイバーシティなどいろいろな意味で強みになっていると感じています。外の世界を知ることで、慶應の魅力も外の面白さもより感じることができています。

冒頭でSFC高等部での授業のお話をしましたが、理工学部では伊藤公平教授(現塾長)のもとでアントレプレナーシップ関連の訪問准教授、医学部では非常勤講師も経験しました。スタンフォード大学では社会・環境工学科客員准教授を務めました。日米の大学で理工・医学分野での人材育成、エコシステムの創出などに関わらせていただきました。多分野の方と交わり、学際的な視点と思考の機会を得た経験も私にはとても価値あるものだったと感じています。

専門や国、組織を超えて研究は学際的に広がっている

ガバナンスの仕組みづくりと向き合ったSFC高での経験

さまざまな省庁の委員会などで政策提言にも、たびたび関わらせていただいています。25年には国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の監事を拝命。また、23年からは内閣官房に設置された「創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議」の構成員としてスタートアップの育成や、いかに薬が生まれる国にするか、創薬力の強化に向けたさまざまな政策提案を行っています。会議終了後、座長代理からは「あなたが会議のMVPだ」と。民主的なプロセスを経て物事を決めていくという原則を理解した上での発言・提案が多かったからと言われて、デジャヴ感があるなと感じました。

これは、まさに高校時代の生徒会での経験から培われたものなのです。私は2期生ですので、新設校であるSFC中高ではすべてが白紙の状態からのスタートでした。高校3年生のときに、1期生が立ち上げた生徒会の基盤整備を担当し、規約の作成や代表委員会の仕組みづくりに携わりました。生徒会の担当教員の尾上さんとディスカッションしながら、規約や細則を整理し体系化していく作業は、民主的な意思決定のプロセスを設計する創造的な仕事でした。

各クラスから選ばれた代表委員が集まり、民主的に物事を決めていく。仕組みを作ることで、組織がどのように動いていくのかを肌で感じることができ、その面白さを知りました。その後SFC中高の同窓会の立ち上げにも関わり、会則の作成や組織の仕組みづくりなどを担当しました。

SFC教員の皆さんとは今も交流が続いている

SFCでの財産は生徒としての学びだけではありません。その後もさまざまな場面で卒業生ネットワークの価値を感じています。例えばスタンフォード大学に移った際、最初の飲み会で出会ったのがSFC中高の8期生。彼には大変お世話になって、シリコンバレー在住の卒業生たちと共に海外での生活セットアップを多方面からサポートしてくれ、シリコンバレーの企業や人脈も紹介してもらいました。

総代として貴重な経験

高校時代が私の原点であることは間違いありませんが、特別思い出深いのは高校の代表として大学の入学式で総代を務めたことです。総代は4つの高校の持ち回りで、たまたまSFC中高の年に当たったため、稲田部長に選んでいただきました。


和紙に筆で書く伝統があったのですが、私は左利きのため “はね”や“はらい”の筆使いがうまくいきません。パソコンでの作成を大学本部へ自分で交渉に行ったのですが、案の定、却下。漢文の三好さんに字の指導をしていただきながら筆ペンで書き、文章は主事だった伊東さんと政治経済の山本さんの指導を受けて推敲を重ねました。失敗できないプレッシャーの中、学校の代表として立つことの名誉と重みを感じながら貴重な経験ができ、稲田さんも見に来てくださって、喜んでいただきました。

総代スピーチ https://www.youtube.com/watch?v=Z8sRZVEV3AQ

在校生へのメッセージ

私からは3つお伝えしたいと思います。
第1に、慶應以外の世界を知ることの重要性を意識していただきたい。特に初等部から連結している現在、外の世界を知る機会を意識的に作っていただけたらいいですね。慶應義塾という私立の名門校で学ぶことは素晴らしいことですが、外の良さを知り、外とのブリッジを架けられるようになることで、慶應自体もより発展させられますし、個人のキャリアも大きく伸びると思います。
第2に、学際領域の重要性です。社会の課題を解決するには、一つの学問領域だけではかないません。最初から複数の分野に興味を持ち、複数の分野の専門性を築くことがこれからの時代には重要です。
第3に、バランスを取ることを考えすぎないことです。知性、感性、体力にバランスの取れた教養人という理念は素晴らしいことですが、バランスを取ろうとしすぎると何もできなくなってしまう。苦手なものがあることを開き直って受け入れ、得意分野を徹底的に伸ばすことを意識していただけたらと思います。